本件信金の職員であった亡Aの父である控訴人が、Aは、業務上の過大なノルマ(営業目標)の設定や上司によるパワーハラスメント等により精神障害を発病して自殺したなどとして、労働者災害補償保険法による葬祭料の支給を請求したところ、処分行政庁が、不支給の処分をしたため、その取消しを求めた。
1審の名古屋地裁は、業務起因性を否定し、請求を棄却した。控訴人が控訴。控訴審は、Aは、本件信金における業務の遂行により「強」に該当する心理的負荷を受けたもので、Aの精神障害の発病及び本件自死はいずれも業務起因性が認められるとして、本件処分を取り消した。
名古屋高裁は、業務上過大なノルマ(営業目標)の設定や、上司によるパワーハラスメントについて次のように判断した。
「自爆営業まで行い、既にその限界に達していたのに、B支店長から、その継続を要求され、案件が取れないことについて「給料泥棒」などと罵られ、胸倉を掴んで罵倒されていたのであるから、達成困難な営業目標(ノルマ)の設定という点のみにおいても、一般的な金融機関の職員にとって、その心理的負荷の程度は少なくとも「中」に該当し、「強」に近いものであったというべきである。」
「Aは事務処理にミスが多く、渉外活動日報の手書き部分を乱雑に記載しており、事務処理での不備発生が多いとして改善の必要性が指摘され、さらに、作業の効率も課題とされていたことAの上記ミス等に対して、B支店長は日常的に大声で叱責していたことが認められる。
しかし、B支店長の叱責の態様は、強い表現を用い、大声で激しく行うものであるし、Aは、B支店長のターゲットにされてしまい、平成29年4月頃には、「バカ野郎!」、「横領してるからそうなるんじゃないか」、「無駄に仕事してるふりしてるなら客をとってこい!」などと罵倒されるなど、他の職員と比較しても特に厳しく叱責されていたもので、叱責の内容として事務処理の改善を促す趣旨のものが含まれていたとしても、業務上必要かつ相当な範囲を逸脱するものといわざるを得ない。」
「本件同意書の取得が融資を進める上で必要なものであり(甲C1、2)、B支店長が住宅ローン案件について顧客から本件同意書を取得してくるよう指示したこと自体が不合理なものとはいえないとしても、同意書を取得するのがただ早ければよいというものではなく、実際の交渉経過の中で適切と考えられる時期に取得すればよいものであったのに、自ら本件同意書の取得を指示し、Aが指示に従ったことによって住宅ローン案件の契約締結が実現しなかったのであるから、契約締結が実現しなかった責任は、Aに指示をしたB支店長自身にあるものといわざるを得ない(B支店長が普段から非常に激しい叱責を行っていることからすると、Aは、今はこれを求める時期ではないと考えたとしても、B支店長から叱責を受けないために、その指示に従うしかなかったものと認められる。)。それにもかかわらず、B支店長が、Aに対し、「『奥さんを説得できていた』と言っていたが、本当だったのか。」、「何故慎重な対応をしなかったのか。」等と述べて激烈な叱責を行ったのは、本件同意書の取得を指示した自らの責任であることを糊塗するために行ったものである可能性が高い(まさに「理不尽」な叱責である。)。
そもそも1つの案件が成功しなかったというだけのことであるから、叱責しなければならない業務上の必要性自体が認められないものであり、上記のB支店長による激烈な叱責は、Aが慎重に取り組んでいた住宅ローン案件の契約締結がB支店長の指示によって実現しなくなってしまったのにもかかわらず、自分の指示が不適切であったことを棚上げして、失敗した全ての責任をAに押し付けようとする理不尽なもので(本来は、B支店長が、自分の指示が不適切であったことをAに謝罪すべきものである。)、明らかに業務上必要かつ相当な範囲を超えるものといえるし、叱責の態様が普段から激しいところ、これにも増してさらに激烈なものであったことに照らせば、一般的な金融機関の従業員にとって、到底耐え難いものであったことは明らかで、非常に大きな心理的負荷を受けたものと認められ、精神疾患の発病が避けられない程度の強いものであったと認められる。そうすると、これによるAの心理的負荷の強度は、「強」に該当する。また、この契約の締結に至らなかったことに対するB支店長の叱責は、営業目標(ノルマ)達成と密接に結びついているから、前記(3)の「達成困難な営業目標(ノルマ)の設定」と併せて評価することが考えられ、前記(3)のとおり、上記叱責が行われる前の時点までであっても、達成困難な営業目標(ノルマ)の設定についての心理的負荷は、少なくとも「中」に該当するものであったところ、Aにとって逆らうことの困難なB支店長の指示がその達成を妨げた、Aには責任のない営業目標(ノルマ)の不達成に対してさえ、上記の理不尽かつ激烈な叱責という過酷なペナルティーが課せられ、今後も同様の激烈な叱責(ペナルティー)が繰り返されることが避けられない状況にあったのであるから、両者を一連のものとして、Aに対する心理的負荷の程度が「強」に至ったことは明らかというべきである。
Aは、カードローン案件に係る顧客について新しい担当者に引継ぎをしていなかったことにつき、B支店長から「握りこみ」、「横領」といった言葉を使って繰り返し叱責を受けていたが、本件自死の前日である平成29年5月23日にも、これを「横領」であるとして、激しく叱責されたことが認められる。本件信金において、渉外担当者に一定期間毎の交代と引継ぎをさせる目的が、顧客と職員との癒着等による不正や不祥事の発生を防止することにあったこと、Aが以前にも引継ぎを適切に行っていなかったことについて指導を受けていたことからすれば、B支店長が、Aに対し、カードローン案件の引継ぎについてある程度厳しく指導すること自体は許容され得るものであったともいい得る。しかし、「横領」との言葉は、犯罪行為を意味するものであり、Aは、帰宅後、妻に「絶対明日むちゃくちゃ言われるので会社に行きたくない。」などとこぼして、食事さえできない状態になってしまい、本件遺書に「自殺理由」として、「自分が弱いせいです。申し訳ございません。誓って、お客様のお金を横領する様な不正は致しておりません。謄本代や印紙代を立て替えた事はありますが。誓って、一時的にでも、横領した事実はありません。」と記載しているのである。B支店長の上記叱責は、これを繰り返し厳しく責め立て、その激しさが増していくことによって、事務処理の改善を促すための強い表現という域をはるかに超え、Aが犯罪行為である横領を疑われていると感じざるを得ないまでになっていたものと認められ(これは、B支店長が、部下職員らから「恐怖で人を縛るタイプ」などと言われていたことからも明らかである。)、もはや指導とはいえず、いじめであり、業務上必要かつ相当な範囲を逸脱していたものといわざるを得ない。金融機関の従業員にとって、自分の業務上の行為について「横領」を疑われるということは、その性質上からも耐え難いことである。そのため、Aにおいて、自らの身の潔白を証明し、B支店長の激烈な叱責から逃れるためには自殺を選ぶしかないと思い詰めるに至ったものと認められる。
そして、Aは、当日の夜、ヘリウムによる自殺に失敗し、翌日の朝、Z支店に出勤することなく本件自死に至っていることに照らしても、Aが、B支店長から上記叱責を受けたことは、日常的に、ターゲットにされて、激しい叱責が繰り返されていた中で、前記のB支店長の保身に走った激烈な叱責があったところへ、さらに、これに追い打ちをかけたものであるから、極めて大きな精神的ダメージを与える(心理的負荷をかける)ものであったといわざるを得ない。なお、叱責について、業務上必要と認められる部分があったとしても、叱責の態様等が社会的相当性を逸脱している場合には、業務上の必要性によって心理的負荷が軽くなるものではないから、業務上の必要性があったことを心理的負荷の軽重の判断において重視することは相当でないというべきである。
以上によれば、Aの本件自死前6か月間の心理的負荷の程度については、Z支店でAが置かれていた状況は異常ともいえるもので、同僚及び部下とのトラブルが「弱」であるものの、時間外労働が「中」、達成困難な営業目標(ノルマ)の設定が強に近い「中」、上司による日常的な指導及び叱責が「強」、上司であるB支店長による本件自死直前の叱責が、平成29年5月17日、同月23日と、単独でも「強」に該当するものが続けざまにあったのであって、このような状況に一般的な金融機関の従業員が耐えられるものではなく、これらを全体として評価してその程度が「強」であることは明らかである。
(8)前記(7)のとおり、Aは、死亡前6か月の間に本件信金における業務の遂行によって「強」に該当する心理的負荷を受けたことが認められ、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発病させるのに十分であり、本件信金における業務の他には、Aが強い心理的負荷を受ける出来事があったとは認められないから、Aの前記精神障害(妄想型うつ病)の発病は、上記業務の遂行との相当因果関係があり、業務起因性が認められる。そして、Aは、上記精神障害によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと認められるから、本件自死についても、同様に相当因果関係があり、業務起因性が認められる。
本件の事実関係は、金融機関の同僚等が、労働基準監督署にかなり詳細に説明をしていた。
再審査請求において、これらの聴取書などが開示され、なぜ、労働基準監督署や、審査請求、再審査請求でこれらのパワーハラスメントが認められないのか、歯がゆい思いをしていた。
尋問等を経た名古屋地方裁判所1審でも認められず、残念な思いであったが、名古屋高裁では、上記のように明快に上司のパワーハラスメントを認めて、逆転勝訴となった。
是非裁判所ウェブサイトで名古屋高等裁判所の判決全文を見ていただきたい。
弁護団は 森弘典弁護士 岡村晴美弁護士 そして当職である。
なお、本件に関連して、金融機関に対して損害賠償請求訴訟を行った。一審の名古屋地方裁判所、控訴審の名古屋高裁判所も、金融機関の責任を認めない判決をした。
現在最高裁判所で係属中である。