上司のパワハラで自殺

名古屋南労働基準監督署長(中部電力)事件(名古屋高裁平成19年10月31日判決 労働判例954号31頁)

指輪 月食 星 月
指輪にちなんで月食の写真です。

 中部電力の労働者(当時36歳)が1999年11月8日、自殺した事件。名古屋高等裁判所は、2007年10月31日、労働災害であることを認めた名古屋地方裁判所の1審判決(2006年5月17日判決)を支持し、被災者の自殺が労働災害であることをみとめた。

 弁護団 水野幹男弁護士 森弘典弁護士 岩井羊一弁護士

 

 この判決は、被災者の主任への昇格が、上司が担当者の業務について、全面的に責任を負わせ、「主任失格」といって叱責していたことから、相当程度心理的負荷は強かったとした。また、上司が、「おまえなんかいてもいなくても同じだ。」などといって叱責し、結婚指輪を外すように命じたことが、「いわゆるパワーハラスメントとも評価されるのであり、相当程度心理的負荷が強い出来事」と評価している。

 

   さらに、担当業務についても、主任に昇格した8月から亡くなる11月までの業務は、質的・内容的に増加した業務を遂行させるために、長時間労働を強いられ、これが、うつ病の発症及びその進行の大きな原因となったものと認めた。

 

   判決は、業務起因性を認めるために必要とされる相当因果関係の判断について、「何らかの素因を有しながらも、特段の職務の軽減を要せず、当該労働者と同種の業務に従事し遂行することができる程度の心身の健康状態を有する労働者(相対的に適応能力、ストレス適処能力の低い者も含む。)を基準として、業務に精神疾患を発症させる危険性が認められるか否かを判断すべきである。」と判示し、適応能力の低い者を含む労働者を基準とすべきとしている。

 

   判決は、判断指針についても、裁判所を拘束するものではないこと、その内容に批判があることを認めて、「現在においては未だ必ずしも十全なものとは言い難い。」とし、判断指針のみでは救済されない労働者がいることを指摘した。

 

 過労自殺を巡る労災認定訴訟で、高等裁判所において労災認定が認められたのは、トヨタ自動車事件(名古屋高裁平成15年7月8日判決)、鐘淵工業化学事件(福岡高等裁判所平成19年5月7日判決)に続き、当時では3例目であった。 同年11月14日、この控訴棄却判決に対し、国は上告しないことをきめ、判決は確定した。

   

 この判決を踏まえ、厚生労働省は、判断指針の職場のいじめの解釈に関する通達を発出した。 この考え方が、現在の認定基準にも引き継がれている。

 

 

 

 判決全文(最高裁判所ホームページ)  

 

 厚生労働省「こころの耳」働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト

ポイント

 パワーハラスメント、業務の過重性について、会社の中で遺族に協力していただける方がいました。これにより立証することができました。もっとも労基署段階では認定してもらえず裁判になってしまいました。この裁判例によりパワーハラスメントについての通達が出てパワーハラスメントの違法性が一般に認識されるようになったと思います。

コメント

 判決の下記の部分は、1審原告やなくなったAさんの気持ちを考えて、我々が主張し、浜田省吾さんのCD、歌詞カードを提出したところ、名古屋高等裁判所が適切に認定した部分です。

 

  Aは,とりわけ妻や家族を大切にしており,浜田省吾なる歌手が仕事ばかりしていないで妻を大切にしている夫であって欲しいという気持ちから作った「星の指輪」という歌を好み,9月ころに会社の友人と飲みに行ったときに珍しくカラオケに挑戦し,上記の歌を練習していた。同期入社の Bも,A の死後,新しく発売された上記の曲が入ったCDを仏前に供しに来た (甲4,65,73の2,136,乙15,被控訴人本人)。
(裁判所Webページより)

 

 浜田省吾さんの「星の指輪」はいい曲です。この事件を担当する前から知っていました。この曲が好きと言っていたAさんのやさしく、妻を大事にしていた人柄が偲ばれます。こんな妻思いのAさんが、なんの合理的理由もなく、「根性が足りない」みたいな理由で、結婚指輪を外せと言われていたのは、ひどいパワーハラスメントにあたるといってよいでしょう。