複数の出来事を総合評価した結果公務災害と認められる

岐阜地方裁判所平成28年12月22日判決 名古屋高裁平成29年7月6日判決(労働判例1171号5頁以下)

岐阜公園
写真はイメージです。本文とは関係ありません。

 本件は,原告が,岐阜市の職員であった夫のA(以下「A」という。)が平成19年11月26日に自殺した(以下「本件災害」という。)のは、公務に起因して発生した精神疾患が原因であると主張し,地方公務員災害補償基金岐阜県支部長(処分行政庁)が本件災害について平成23年8月1日付けでした公務外災害認定処分(以下「本件処分」という。)の取消しを求めた事案です。 

1審判決(岐阜地方裁判所平成28年12月22日判決)

 1審判決は次のように指摘し、Aの公務過重性を認めました。 

 

 まず、Aの従事していた業務については次のように指摘しました。

 

「Aの従事していた公園整備室長としての業務は,突発的な事故やトラブルに,平日休日問わずに対応しなければならないものであり,本件災害発生当時,事故やトラブルの発生件数は多く,Aは日々の業務に追われる状況であった。しかも,対応する業務としては,苦情処理や被害者への謝罪,記者発表と,非難を浴びせられたり,世間の注目を集めたりと,心理的な負担のかかるものであった。また,事案単体としてみれば,過度の負荷がかかっているとは認められない事案についても,他の処理しなければならない負荷の強い業務とも相まって,積み重なることで肉体的,精神的疲労をもたらすものである。しかも,これらの事故やトラブルに関する公園整備については,最終的には公園整備室長が責任を負うことに鑑みると,Aの公園整備室長としての業務は,全体としてみると,強い肉体的,精神的負荷のかかる業務であったといえる。」

 

 次に、Aの従事していた公園整備室の人間関係について次のように指摘しました。

 「また,公園整備室長としての管理職の立場からは,部下のとりまとめや都市建設部長との対応など,職場での人間関係の面でも,一般職員とは異なる観点からの負担があり,事務職職員であり技術的な面の見識が深いとはいえない亡dには,技術職職員をとりまとめることに苦労があったとも考えられる。加えて,B部長は,慣れない者にとっては,注意でなく怒鳴られているとかののしられていると感じるような言動をする者であり,公園整備室長になって以降,Aは,このような上司に対し,公園での事故やトラブルなどといったただでさえその対応に気を遣わなければならない事案を報告し、注意や指示を受けるようになったのであるから,A部長との関係も精神的な負荷が認められる部分である。」

 

 そしてAの精神的負荷について次のように判示しました。

 「このように,Aは,業務の面からも,人間関係の面からも,精神的負荷のかかった状態にあり,肉体的にも精神的にも疲労のたまっている状態であったところ,本件遊具の設置問題があり,後閲問題が発生し,後閲問題により,自尊心を深く傷つけられ,この問題によるAへの精神的負荷は,それ以前のB部長との関係から生じた精神的負荷や日常業務による肉体的,精神的疲労とも相まって,極めて強いものであったと認められる。Aが,後閲問題の後,少なくとも公園整備室の技術職職員らからの孤立を感じていたことや,公園整備室長の職に耐えられず異動の希望を出したものの受入れられなかったこと,Aの様子から精神疾患を発症していたであろうことが周りから見ても明らかであったにもかかわらず,休暇を取得できない状況であったことに鑑みれば,Aの時間外労働が長時間であったと認めることはできないとしても,Aにかかる精神的負荷は一般的にみても強度の域に達していたものということができる。 以上を踏まえると,Aは,強度の精神的負荷を与える事象を伴う業務に従事したと認めることができる。」

 

 Aが自殺した経過については次のように判示しました。

 「上記認定の事実経過に照らすと,本件災害当時抑うつ状態にあったAは,抑うつ状態という精神疾患から,本件災害当日に発生した岐阜公園内での事故の報告を受けたことを引き金に,突然発生する事故等にこれ以上耐え切れなくなり,発作的に岐阜市役所本庁舎8階から飛び降りて,本件災害が発生したものと認められるから,上記精神疾患と本件災害との間の相当因果関係は肯定することができる。

 そうすると,Aが従事した公務と本件災害との間には相当因果関係が認められることになるから,本件災害には公務起因性が認められる。」

  

2審判決(名古屋高等裁判所平成29年7月6日判決)

 これに対し、被告は被告地方公務員災害補償基金は控訴しました。

 

 名古屋高裁は次の通り判示し、控訴人の控訴を棄却しました。

 名古屋高裁は、それぞれの出来事について、控訴人の指摘を退け、公務の負荷の程度を公務災害の認定基準の他民間の精神障害の認定基準も参照して、心理的負荷の程度を評価していきました。

 そして、以下のように判示しました。

 

「心理的荷評価表において,心理的負荷の程度が「中」の中でもかなり「強」に近い出来事が1つ(公園整備室長に就任したこと(上記(2)コ)),「中」の中でも「強」に近い出来事が1つ(長良公園整備(同ウ)),「中」の出来事が2つ(条例改正(同キ)及びB部長の叱責(同ケ)),「弱」であってもやや「中」に近い出来事が1つ(川原町広場(同イ)),「弱」の出来事が2つ(長良公園の管理の一体化(同ア)及び六条北公園審査請求(行政不服審査法)(同カ))あるということになり,「強」そのものに該当する出来事があったとまでは認められない。

 

 しかし、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(上記(1))では,対象疾病の発病に関与する業務による出来事が複数ある場合の心理的負荷の程度は,全体評価をするものとされているところ(甲A7),「中」の中でもかなり「強」に近い公園整備室長に就任し,「中」であるf部長からの叱責を受ける状況にあり,しかも,公園整備室長の業務には,「中」である条例改正や「弱」であってもやや「中」に近い川原町広場などがあるのであり,その後,「中」の中でも「強」に近い長良公園整備の件が発生したことからすると,上記各出来事を全体としてみれば,その心理的負荷は「強」に至るものであったと認められる。

 

 また,業務負荷分析表でも,出来事が複数存在する場合には,それらの出来事の関連性,時間的な近接の程度,数及び各出来事の内容等を総合的に判断することにより,過重性を総合判断するものとされているところ(甲A43),心理的負荷評価表における判断とは若干異なるところはあるものの,Aに生じた上記各出来事は,全体としてみれば,おおむね心理的負荷評価表の場合と同様に評価ができるものということができ,Aの業務は,業務負荷分析表によっても,強い負荷となるものであったと判断することができるものといえる。

 

(4)そして,Aの精神疾患発症と本件災害との間には相当因果関係が認められることは,原判決が第3の5で説示するとおりであるから,本件災害には業務起因性が認められる。

 

第4 結論

 よって,被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。」

 

 一つだけでは心理的負荷「強」とまで言えない場合にも各出来事を全体としてみれば、その心理的負荷を「強」と見ることができるとして、公務起因性を認めている。

 (全文について裁判所ホームページ)

 

ポイント

 時間外労働はほとんどない事案でした。業務の内容や上司の様子について、詳しく証言をしてもらうことが出来ました。原告が、初期の段階から積極的に調査をしたことにより事実を明らかにできたことが、このような判決に繋がったと考えられます。

 

 弁護団は 笹田参三弁護士 綴喜秀光弁護士 岩井羊一でした。