交通事故を起こしたことのストレス

国・名古屋北労基署長事件  名古屋地方裁判所令和2年12月16日判決 労働判例1273号70頁

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トラック【画像はイメージです。本記事の内容と関係がありません.】

 本件労働者は、宅配をする運輸会社(本件会社)でセンター長として勤務していましたが、平成28年4月2日に自殺しました。

 

本件労働者の妻である原告は、本件会社における業務に関連して生じた心理的負荷により発病した精神障害の影響によるものであるとして名古屋北労働基準監督署長(処分行政庁)に対し、労働者災害補償保険法に基づき遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求ました。

しかし、名古屋北労働基準監督署長は、平成28年11月30日付けで、いずれも支給しない旨の処分をしました。

審査請求を経て、被告に対し、その取消しを求める提訴をしました。

 

本件労働者は,平成27年12月の繁忙期に1か月130時間を超える長時間労働により心身の疲労が蓄積していました。その後も恒常的に長時間労働を行っていたため,平成28年3月下旬頃,ストレス対応能力が相当程度低下した状態にあったと評価されました。その心理的負荷は「強」に近い「中」とされました。

 

平成28年になってから本件労働者の部下のセンター員が2件の交通事故を起こしました。これらは物損事故ですが、本件会社は,宅配業者として、交通事故を起こさないことを重視していました。ですから、本件労働者は,センター員に対し、事故を起こさぬよう厳しく指導しました。そのようななかで、本件労働者は、このような状況下で事故を起こしてしまいました。これも物損であり、相手の責任が大きいものでした。しかし、本件会社における交通事故の位置付けを前提として、センター員による2件の事故といった従前の経緯や、本件労働者のセンター長としての立場を踏まえると、本件労働者に強い責任を感じさせました。

裁判所は、センター長としての面目を失わせたとしても無理からぬものであったといえる、として、心理的負荷を「中」と評価されました。

 

その結果、本件労働者は、業務により発病した精神障害により、正常の認識、行為選択能力あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害された状況下で本件自殺に至ったものと認められ、本件自殺は、本件会社における業務に起因するものであるとして、原告の本件各請求は容認されました。

 

平成23年の認定基準では、

「・業務に関連し、他人に重度の病気やケガ(長期間(おおむね2か月以上)の入院を要する、又は労災の障害年金に該当する若しくは原職への復帰ができなくなる後遺障害を残すような病気やケガ)を負わせ、事後対応にも当たった

・ 他人に負わせたケガの程度は重度ではないが、事後対応に多大な労力を費した(減給、降格等の重いペナルティを課された、職場の人間関係が著しく悪化した等を含む)」となっており、中、弱の部分は、「【解説】負わせたケガの程度、事後対応の内容等から『弱』又は『中』」とされています。物損事故だけでは「中」にもならないような基準となっていましたが、運送会社では交通事故を起こさないように徹底していることから、実際に事故を起こしてしまったときの心理的負荷が強いことを認定してもらえました。

 

2023年専門検討会添付の具体的出来事表では、「他人に負わせたケガの程度は重度ではないが、事後対応に一定の労力を要した(強い叱責を受けた、職場の人間関係が悪化した等を含む)」の場合には心理的負荷が「中」とあります。これは、本件も参考にされていると思われますが、事故が重大な場合には心理的負荷を受けますが、事故の後の叱責を受けたり、人間関係が悪化したりすることで心理的負荷になることが適切に認められた事例と言えます。

 

判決は一審で確定しています。

 

判例全文は最高裁のホームページに掲載されています。

090084_hanrei.pdf (courts.go.jp)