中部電力事件 名古屋高裁2023年(令和5年)4月25日判決

2023425日、名古屋高当裁判所民事第3部(長谷川裁判長)は、中部電力に勤務していた従業員が入社してわずか半年後の201010月末に自殺した事案で、名古屋高等裁判所は、過重労働を認めて、津労働基準監督署長の労災保険法に基づく遺族一時金の不支給決定を取り消す旨の判決をしました。

 

この判決は、この新入社員の従業員に対しパワーハラスメントが行われていたことを認めました。また、新入社員に、難易度の高い業務の主任を担当させ、十分な援助をしなかったことを認めました。

これまで、労働基準監督署長、労働者災害補償保険審査官、労働審査会、そして名古屋地方裁判所が認めなかった業務による自殺であることを名古屋高当裁判所が認めたのです。

この判決がなされるまで、当該従業員の方が自殺してから12年半、2013年に労災の請求をしてから10年の年月がたっています。

 

パワーハラスメントについては、亡くなった従業員が、生前に職場のことを職場外の友人知人や違う職場の同期に話していた内容が信用できるか、それがパワーハラスメントといえるかが問題になりました。この事件ではパワーハラスメントをした本人や、その周囲の先輩の同僚従業員が、その事実を否定しました。そのため、一審では、パワーハラスメントであることは否定され、心理的負荷の強度も弱とされてしまいました。しかし、控訴審では、職場外の友人に話していた事実について、十分に信用できるとされ、その内容も事実であると認められました。

 

次に、業務についてですが、一審では会社側の説明に沿って、新人にとって若干困難であってもその業務は、「強」とまではいえないとされていました。高裁では、担当していた業務について一つは「中」、そして最も困難であった業務については「強」としました。

新人にとって困難で心理的な負荷となるかどうかを判断するに際し、会社の説明は、どうしてもある程度経験のある者の説明となります。原告は、その説明は不当で、本来新人にとっては困難な業務であると主張してきました。高裁は、原告側にその内容を釈明しました。また、一審では採用されなかった中部電力のOBのかたの証人請求を採用し、当時の業務について立証の補充を認めました。

 

一審と控訴審では、業務について裁判官の見方が全く異なることになりました。

原告である母親は、本人に何があったかを知りたいと考え、会社の関係者に面談を求めました。知人、友人に会って話を聞き、本人が残したパソコンのメールをみて、資料を集めました。中部電力のOBの協力者に支援を求めました。

支援の会を結成し、多くの方に賛同を求めました。過労死防止の活動にも参加しました。

本当にやるべきことをすべてやり尽くした活動でした。

 

これらの地道な証拠の収集と裁判への運動に応えて、名古屋高等裁判所は、丹念に記録を精査し、証拠を採用し、業務の過重性を認めました。

 

原告の活動と、それを認めた高等裁判所、そして、それらをとりまとめた主任の森弘典弁護士に本当に敬意を表したいと思います。控訴審の尋問を担当した長尾美穂弁護士も尋問が判決つながりました。

 

弁護団は、森 弘典弁護士、長尾 美穂弁護士、そして当職です。

 

以下は弁護団が当日だした声明です。

2023年4月25日

声     明

 

中部電力新入社員労災裁判弁護団

 

 本日、名古屋高等裁判所(民事第2部Ec係、長谷川恭弘裁判長)は、中部電力株式会社(当時)に新入社員として採用された26歳の労働者(以下「被災者」という)が入社して7か月も経たない2010年(平成22年)10月30日早朝(推定)に自死した事件で、津労働基準監督署長が業務外とした処分について、第1審の名古屋地裁判決を取り消し、業務外の処分を取り消す判決を言い渡した。

 判決は、第1審判決と異なり、上司から被災者に対するパワーハラスメントを認定している。第1審判決は、被災者から上司の発言を聞いたという友人の証言があるにもかかわらず、伝聞に基づくものであることなどを理由として認めなかった。本判決は、友人の証言の信用性は高いと認め、証言内容も具体的などとして、パワーハラスメントを認定しており、密室で行われがちで、被災者が死亡している事案では直接体験した事実を語れる証人がいないパワーハラスメントの認定方法として重要な意義を有する判決である。

 判決は、業務の過重性について、第1審判決と同じく平均的労働者基準説に立ちつつも、新入社員が未経験の業務を担当させられたという点に着目し、基準となる対象労働者を新入社員あるいは未経験者に限定して、業務の難易度を検討している。その上で、入社後わずか半年程度の新入社員でありながら難しい案件を主担当として行わなければならない状況を十分に考慮した指導や支援が行われていなかった状況を踏まえて、業務による心理的負荷を検討し、業務起因性を認めたものであり、極めて高く評価できる。

 ほかの裁判例の中にも、平均的労働者基準説に立ちつつも、新入社員や未経験の業務という点に着目し、基準となる対象労働者を新入社員あるいは未経験者に限定して、業務による心理的負荷を評価するものがあるが、本判決はその論理が正しいことを裏打ちするもので、裁判例としても重要な意義を有する。

 折しも、精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会では、心理的負荷の強度を客観的に評価するに当たり、どのような労働者にとっての過重性を考慮することが適当かが論点となっており、その内容を明確化するため、同種の労働者についての例を示すとともに、同種の労働者は一定の幅を内包することを明示してはどうかとの意見が示されている。そして、同種労働者についての例として、新規に採用され、従事する業務に何ら経験を有していなかった労働者が精神障害を発病した場合には、「同種の労働者」とするとの意見も示されている。

 当弁護団は、厚生労働省、三重労働局長、津労働基準監督署長が本判決を真摯に受け止め、上告しないように強く求めるとともに、精神障害による過労死の認定基準の運用にあたって、新入社員、未経験業務の視点を考慮するとともに、今後の改定にあたっては、全面的に採用することを求める。

 

以 上

 判決に対し、国は上告、上告受理申立てはせず、判決は確定しました。(2023年5月10日)