複数就業者への労災保険給付の在り方

 複数就業者への労災保険給付について、現在議論がなされています。

 第78回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会資料として、現在の労災認定制度の不合理性について分かる資料があります。

 

複数就業者に係る労災認定の運用状況(①脳・心臓疾患、精神障害事案)
第78回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会資料 より

 同じように週70時間の長時間労働をしても、一つの職場で長時間労働があった場合には、労災認定がなされるのに対し、一つの職場では週40時間、一つの職場では週30時間の労働をした場合には労災認定がされない可能性があることを指摘しています。

 
「成長戦略実行計画・成長戦略フォローアップ・令和元年度革新的事業活動に関する実行計画」 (令和元年6月 21 日閣議決定)においては、 「副業・兼業の 場合の労災補償の在り方について、現在、労働政策審議会での検討が進められ ているが、引き続き論点整理等を進め、可能な限り速やかに結論を得る。」とされました。

 

実際の論点は二つあります。
 
〇 複数就業者の業務上の負荷について
 現行制度では、一方の就業先での業務上の負荷だけでは労災認定さ れないが、複数の就業先での業務上の負荷を合算したのと同様の業務 上の負荷が1か所の就業先であったものと仮定すれば労災の認定基準 を満たす場合についても、労災認定されていない。

 

〇 複数就業者の労災給付額の在り方について
 災害発生事業 場の使用者から被災労働者に支払われていた賃金を基本に算定する 「給付基礎日額」等により給付額を決定しており、複数就業先の全て の賃金額を合わせたものを基礎として給付額を算定していない。このため、現行制度では、必ずしも労災保険制度の目的である被災 労働者の稼得能力や遺族の被扶養利益の喪失の填補を十分果たしてい ない可能性がある。

 

 これらについて第77回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会資料で、労働者側、使用者側の意見をまとめた資料があります。

 

 使用者側の意見をみると、
 給付の在り方について
「生活が苦しいといった事情により、やむを得ず兼業・副業をしている労働者も多く、そうした労働者が労働災害で被災した場合に、労働災害が発生した就業先の賃金のみを基礎として労災保険給付が行われ ている現状は、労働者保護という観点から見直すべきであるというこ とについては理解する。 」
 などの意見もあり、一部理解されているものの、まだ、様々な論点をしてきしており、抵抗の大きさを感じます。

 業務上の負荷については、
 「負荷の合算については、企業の安全配慮義務にも関係し、労働時間の通算をする、しないという点が煮詰まっていない中で、業務上の負荷の合算という議論だけが先走りするのは危険ではないか。むしろ、 業務上の負荷が合算されるということで、長時間労働を引き起こす危 険性があるのではないか。 」
 など、使用者側の反対意見が主張されています。
 
 日本労働弁護団は、2019年6月12日「本業の充実化や副業・兼業労働者に対する適切な保護を実施しないまま副業・兼業を推進することに反対する緊急声明」を発表しています。
 そのなかで、日本労働弁護団は、「現状の労災実務では、副業・兼業をしていたとしても、本業先と副業先との労働時間の通算が認められていない上、労災の支給額の算定は、労災に遭った勤務先から得ている賃金のみを基に行われている。そのため、本業と副業とを合わせて過労死ラインを超える長時間労働をしていたとしても、労災としては認められない上、仮に労災認定がされたとしても、労災に遭う前の賃金保障はされないため、被災者は生活の困窮に直面することになる。これでは、安心して副業・兼業に従事することなどできない。国家的な方針として副業・兼業を推進していくのであれば、これまでの実務運用を改め、万が一労災に遭ってしまった場合の補償をきちんと行うための法整備を進めていく必要がある。」と指摘しています。

 

 過労死弁護団全国連絡会議の共同代表松丸正弁護士は、中日新聞2019年8月12日の記事で取材に答えて「副業、兼業する大部分の人は収入が少なく、暮らしに困っている。長時間労働の末に過労死するケースもある。川口労働基準監督署(埼玉)が七月、副業をして死亡したトラック運転手を過労死認定したケースでは、本業と副業の労働時間を合算した結果、一日の法定労働時間(八時間)を超えていた。
 また、副業先で法定労働時間を超えて働いた場合、副業先が割増賃金を払う必要があるが、私は時間外手当が払われているケースを聞いたことがない。労働者も解雇を恐れ、「払ってくれ」とは言えない。」などと指摘し、副業についての条件が整わないまま推奨されると、過労死の危険が増加すると指摘しています。

 

 今後労働法制審議会労働条件分科会労災保険部会では次のような日程で議論がすすめられる予定です。早期にこの問題点を適切に改正することが望まれます。議論の推移を見守りたいと思います。

 

第78回 ○複数就業者への労災保険給付の在り方について(労災認定等現行制度の説明)
第79回 ○中間とりまとめで提示された論点の検討①

    《負荷の合算について》

     ・負荷の範囲・認定方法に係る論点整理案

    《特別加入制度の在り方について①》
第80回 ○中間とりまとめで提示された論点の検討②

    《負荷の合算について》

     ・負荷の範囲

     ・認定方法に係る論点整理案

     ・責任と負担に係る論点整理案

    《特別加入制度の在り方について②》
第81回 ○中間とりまとめで提示された論点の検討③

    《額の合算について》

     ・保険料負担の軽減策、賃金額の把握等に係る論点整理案

    《負荷の合算について》

     ・負荷の範囲

     ・認定方法に係る論点整理案

     ・責任と負担に係る論点整理案

    《特別加入制度の在り方について③》
第82回 ・その他の論点