名古屋高等裁判所 平成29年2月23日判決の意議

1 事案の概要

 

 愛知県の大手自動車会社の2次子会社である会社に勤務していたAさん(当時37歳)が、平成23年9月27日、虚血性心疾患で死亡した。Aさんの妻のBさんが、半田労基署長に対し労災保険法に基づく遺族補償給付請求等をしたが、半田労基署長は平成24年10月15日付で不支給決定をした。Bさんは原告となって、名古屋地方裁判所に、この支給決定の取消しを求め提訴したが、名古屋地方裁判所は平成28年3月16日、原告の請求を棄却する判決(以下「原判決」という。)をした。

 

 名古屋高等裁判所(藤山雅行裁判長、前田郁勝裁判官、金久保茂裁判官)は、平成29年2月23日、原判決を取消し、半田労基署長の不支給決定を取消す判決をした。被控訴人は上告、上告受理申立をせずこの判決は確定した。

 

2 時間外労働の認定

 

 名古屋高等裁判所は、亡くなる前の1か月の時間外労働について85時間48分であると認めながら次のように判断している。

 

 まず、休憩時間について、原判決は、会社の説明どおり休憩時間があったと認めたが、名古屋高裁は「原判決添付別紙3記載の休憩時間数の中には、実際には休憩していないにもかかわらず休憩時間として計上されている部分が一定程度存するものと認められる。」とした。

 

 また、タイムカードの打刻後の残業について原判決は一切認めなかったが、名古屋高裁は「敏博は、退勤時にタイムカードを打刻した後も、30分程度のサービス残業を行った日が複数回あったものと認めるのが相当である。」とした。

 

 さらに、出勤したか休日であったかか争われた亡くなる直前の平成23年9月22日の行動について、「業務に従事した時間が存する可能性は否定できない。」とした。

 

3 業務の過重性判断

 

(1)時間外労働について

 

 名古屋高裁は、これらの時間外労働の認定を踏まえて時間外労働について次のように指摘している。「敏博は、前記1(3)のとおり、発症前1か月間の時間外労働時間は少なくとも85時間48分であり、この時間外労働時間数だけでも、脳・心臓疾患に対する影響が発現する程度の過重な労働負荷であるということができる。これに加えて、時間外労働の時間態において休憩時間がとれなかった時間があること、終業時刻後に時間外労働をしていた時間が存すること、平成23年9月22日に愛知工場の業務に従事した時間が存する可能性があることを考慮すると、更に過重性の程度が大きかったことになる。」

 

(2)うつ病の影響について

 

 Aさんはうつ病に罹患しており、当時早期覚醒の症状が加わっていた。このことについて名古屋高裁は「上記の時間外労働による負荷にうつ病による早期覚醒の症状が加わって、更に睡眠時間が減少したものと認められるから、Aは、発症前1か月間、睡眠時間が1日5時間程度の睡眠が確保できない状態、すなわち、全ての報告においても脳・心臓疾患の発症との関連につき有意性が認められる状態であったことは明らかである。」「すなわち、Aは、発症前1か月間において、うつ病にり患していない労働者が100時間を超える時間外労働をしたのに匹敵する過重な労働負荷を受けたものと認められる。」などと判示した。

そのうえで、Aさんが心停止に至ったことについて、時間外労働と心停止との間に相当因果関係を認めた。

 

 さらに、うつ病の影響を考慮することについて次のように指摘した。「しかしながら、医学的な意味における心疾患の基礎疾患に限らず、何らかの基礎疾患を有しながら日常生活を何ら支障なく就労している労働者は多数存するのであって、これらの労働者が頑健な労働者が発症するに至る負荷ほどではない業務上の負荷を受けて脳・心臓疾患を発症した場合に、労災補償の対象とならないとすることは、労災保険制度の基礎となる危険責任の法理に反し、労働者保護に欠けるものになるのであって、このことは専門検討会報告書においても指摘されている。」

 

(3)原判決の意義

 

 脳・心臓疾患の認定基準では、「特に過重な業務に就労したと認められるか否か」を判断するための基準となる「同僚労働者又は同種労働者」とは、「当該労働者と同程度の年齢、経験等を有する健康な状態にある者のほか、基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる者をいう。」としている。

 

 原判決はこの「基礎疾患を有していた」の意味について「医学的な意味における心疾患の基礎疾患に限らず、何らかの基礎疾患を有しながら日常生活を何ら支障なく就労している労働者」も含まれると指摘した。そして、うつ病であったAさんも「同僚労働者又は同種労働者」であるとするのである。

 

 そして、うつ病であったAさんにとっては、業務の過重性が100時間の時間外労働に匹敵すると評価し、実際に100時間の時間外労働に満たない場合にも業務起因性を認めることができることを示した。

 

4 認定基準の意義について

 

 国は、業務起因性を認めるためには、認定基準が示す基準を満たす必要があると主張した。判決はこの主張について次のように判示した。

 

 「認定基準において、例えば、発症前1か月間の時間外労働として概ね100時間を超えることを基準に掲げているのも、(略)、睡眠時間が1日6時間未満であっても狭心症や心筋梗塞の有病率が高いという知見がある中で、1日5時間以下の睡眠時間の場合には、全ての報告において脳・心臓疾患の発症との関連において有意性があるとされていたことから、その睡眠時間に対応する100時間の時間外労働を採用したものである。すなわち、この基準は、就労態様による負荷要因や疲労の蓄積をもたらす長時間労働のおおまかで、かつこれを満たせば確実に労災と認定し得る目安を示すことによって、業務の過重性の評価が迅速、適正に行えるように配慮して設定されたものと評価すべきである。」

 

「…一般的に認定基準は、その基準を満たせば業務起因性を肯定しうるという性格のものに過ぎず、その基準を満たさないことが、業務起因性を肯定する余地がないことまでを意味するものではないというべきであるし、特に上記時間外労働に関する基準の意味するところからすると、業務起因性を肯定するためには上記認定基準を満たさなければならないとする被控訴人の主張を採用することはできない。」

 

 認定基準が、その基準を満たさないことが業務起因性を否定するものではないことを指摘していることは重要な指摘である。

 

 そして、何よりも労働時間について100時間に満たない場合にも業務起因性を認める余地があり、専門検討会の意見書もその趣旨であると指摘したことに大きな意味がある。

 

 弁護団  水野 幹男   岩井 羊一

 

 名古屋地方裁判所平成28年3月16日判決(裁判所ホームページ)

 名古屋高等裁判所平成29年2月23日判決(裁判所ホームページ)

 

    労働判例1160号45頁 掲載