心神喪失について

弁護士ドットコムに当職のコメントが掲載されました。

 

駅でスカートをのぞき込んだ男性に「無罪判決」――なぜ「心神喪失」だと無罪なのか?

 

 

ところで、この話題については、さらに説明した方が良いことがありますのでコメントします。

 

・無罪になったら社会に戻るのか

 心神喪失により無罪の場合、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)に基づいて鑑定入院させられることが多いです。

 その後、適切な処遇を決定するための審判手続により、入院決定(医療を受けさせるために入院をさせる旨の決定)を受けた人については,厚生労働省所管の指定入院医療機関による専門的な医療が提供され,その間、保護観察所は、その人について,退院後の生活環境の調整を行います。
 また、通院決定(入院によらない医療を受けさせる旨の決定)を受けた人及び退院を許可された人については、原則として3年間,厚生労働省所管の指定通院医療機関による医療が提供されるほか、保護観察所による精神保健観察に付され,必要な医療と援助の確保が図られます。 (法務省のホームページより)

 

 そのほか「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健法)は、自傷、他害のおそれのある精神障害者について、本人の同意を得て入院させる(任意入院)ほか、本人の同意がなくても入院させることができるとされています。

 医療観察法に基づく要件がない場合も、この法律により入院することになる可能性もあります。


 実際には、このような事件の判決のとき、検察官は、無罪が出てもすぐに上記の法律に基づいて、強制的に入院することができるように準備をしています。

 

 精神病や知的障害の人が、今後も何をするのか怖いから無罪はおかしいと思うのは、心神喪失の状態というのが、良い、悪いの判断が全くできず責任を取ることができない状態であることについての理解がしにくいからかもしれません。

 ただ、実際には、心神喪失などの状態で重大な行為を行った場合にも、周囲の人が心配ないように、治療を受けさせる扱いをしています。法律や実際に治療する病院も整備されているのです。

 

 また、精神保健法は、事件が起きていなくても、自傷他害のおそれがある場合には、入院させることもできるようになっています。法律は、決して精神障害の方が、状態が悪くなり、他人を害するおそれ塲ある場合を、放置しているわけではありません。

 

 なお、間違って入院させられないように、医療観察法では、裁判所の判断が入ります。また、精神保健報に基づく入院についても不服申立の制度があります。この場合に、弁護士に依頼する権利があります。  

 

・被害者の気持ちを考えると許せない

 被害に遭われた方は本当にお気の毒です。しかし、悪いことだとは全くわからなかった人を処罰しても、その人はその刑罰を自分の行ったことの報いと理解することはできません。刑罰は、その人に自分のやったことの責任を自覚させることが出発点です。

 また、自分のやったことの善悪がわからない人に、刑罰を与えて、本当の意味での被害に遭われた方の慰めになるのでしょうか。

 心神喪失というのが、責任をとれるような精神の状態ではないことを具体的に理解できないから不合理に感じられるのではないかと、思います。


・心神喪失かどうかきちんと判断できるのか

  刑事事件の心神喪失についても、「疑わしきは、被告人の利益に」の原則はもちろんあてはまります。証拠によって常識に照らして判断し、心神喪失である疑いがある場合には、無罪としなければなりません。その意味で、心神喪失であることを厳密に判断すべきだ、とか、判断できるはずがないから心神喪失を無罪にするのはおかしい、という考え方は、刑事裁判の考え方に反しています。このような考え方では、本当に責任の取れない人を刑務所に入れて、受刑させることになります。これはその人の人権の重大な侵害です。

 心神喪失かどうかは、その人が犯人かどうか争われた事案と同様に、間違いがあってはいけないのです。間違いというのは、心神喪失の人を心神喪失ではないと判断することです。その反対に心神喪失ではない人を心神喪失の疑いがあると判断することは、「疑わしきは、被告人の利益に」の原則から、やむを得ないことなのです。

 ただ、実際には、心神喪失の場合、多くは、専門家が、心理テストを含む鑑定をし、それに基づいて裁判所が判断することになりますから、それなりの判断の材料が裁判では用意されることになります。

 個別の事件では、いろいろ不十分なことがあるかも知れません。しかし、心神喪失かどうか判断が難しいから、心神喪失の考え方がおかしいということにはならないはずです。