過労死・過労自殺の基礎知識  (安全配慮義務)

安全配慮義務とは

 安全配慮義務とは、どういうものか最初に示した最高裁判所の判決があります。

自衛隊車両整備工場事件

(最高裁第三小法廷判決昭和50年2月25日)

 

自衛隊 車両

 この事案は、自衛隊の車両整備工場において、自衛隊員運転の大型自動車が後進中、車両を整備していた自衛隊員の頭部を後車輪で轢き,その結果自衛隊員が即死した、というものでした。

 

 最高裁は、

 「国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示の下に遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務」

 があり、国がこの義務に違反したとして、遺族の国に対する損害賠償請求を認めました。

安全配慮義務の内容

 それでは「設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理」とか「公務員が国若しくは上司の指示の下に遂行する工務の管理」において「公務員の生命及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務」とはどんなことをしなければならないのでしょうか。それを考えさせられる最高裁の裁判例として川義事件があります。 

 

 川義事件(最高裁第三小法廷判決昭和59年4月10日)  

 

 この最高裁判所の判例は、18歳の長男が、勤務先の会社の宿直中に、反物を盗む目的で訪れた元従業員に首を絞められたうえ、バットで頭を殴られて殺されたので、長男の両親が、会社に対し、生命、身体に対する安全配慮義務違反があったとして損害賠償を認めた事案です。

 

 この元従業員が刑事責任のほか、民事責任として損害賠償をしなければならないのは当然です。しかし、このような刑事の加害者、特にこの事件はお金が欲しくて強盗したというのですから、賠償するようなお金を持っていない事が通常です。また、御両親としては、長男に十分な配慮をしなかった会社を許せなかったのだと思われます。そのため会社に対しても損害賠償を求めたのでしょう。

 

 会社は、元従業員に強盗に入られて、従業員を殺されることは予想もできなかったし、防げなかったと主張しました。 

 

 最高裁判所は安全配慮義務について、自衛隊の事件と同様に認め、さらに具体的に次のように判示しました。

 

 まず、「労働者が労務提供のために設置する場所、設備もしくは器具等を使用し」「労働者の生命及び身体を危険から保護するよう配慮する義務」に違反している事実として

 「盗賊侵入防止のためののぞき窓、インターホン、防犯チェーンなどの物的設備や侵入した盗賊から危険を免れるために役立つ防犯ベル等の物的設備を施さず、」

 と指摘しました

 

 次に、「使用者の指示の下に労務を提供する過程において、」「労働者の生命及び身体を危険から保護するよう配慮すべき義務」に違反している事実として

 「…夜間の宿直員を新入社員一人としないで適宜増員するとか宿直員に対し十分な安全教育を施すなどの措置を講じていなかったというのであるから、…安全配慮義務違反の不履行があった…」

と指摘しました。

 

 労働者には十分な配慮が必要だと示している判決です。

 

 2007年成立した労働契約法は、以下のように定めて最高裁判決の内容を法律で明らかにしました。

 (労働者の安全への配慮)

第五条

 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

過労死・過労自殺における安全配慮義務

電通事件の概要

 それでは、過労死、過労自殺における安全配慮義務はどのようなものか説明します。

この点で著明な判決が、

 

  電通事件(最高裁判所平成12年3月24日判決)

 

です。

 

 判決によると事案の概要は次のようなものです。

 

 Aは平成2年4月に会社に入社し、ラジオ局ラジオ推進部に配属された。 

 

 同人の業務は、ラジオ番組の広告主への営業が主で、担当の得意先は40社で、常に同時並行的に複数社と交渉した。Aは、コンサートなどイベントの会場を回ることも多く、招待客の送り迎えやジュースの買い出しなど雑用もすべて手掛けた。こうしたイベントの企画立案も自分でやらなければならず、昼間の仕事がー段落した夜8時を過ぎてから、企画の仕事に取り組んだ。

 

 さらにAは、毎朝雑用として、机をぞうきん掛けし、まだ先輩たちが出社してこない職場で、次々に掛かってくる電話の応対をした。 このため、前夜の帰宅が遅くても、必ず朝9時に出社した。この結果、Aは、入社してからの1年5カ月間、日曜日も必ず仕事に出掛け、この間に取った有給休暇は半日だけであった。  

 

 特に後半の8カ月は、午前2時以降の退社が3日に1度、午前4時以降が6日に1度で、睡眠時間は30分から2時間30分だった。Aは、入社翌年の春ころから、真っ暗な部屋でぼんやりしたり、「人間としてもうだめかもしれない」と漏らしたり、うつ病の症状が現れ始め、同年8月、自宅で自殺した。

因果関係を認める

 判決は、次のように述べて、業務と自殺との因果関係を認めました。

 

「長期の慢性疲労、睡眠不足、いわゆるストレス等によって、抑うつ状態が生じ、反応性うつ病に罹患することがあるのは、神経医学界において広く知られている。」

 

 「右経過に加えて、うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し、一郎の業務の遂行とそのうつ病のり患による自殺との間には相当因果関係があるとした上、…その判断は正当として是認することができる。」

 

会社は気がつかなかったという主張はみとめられるか?

 この点、東京高裁は、「控訴人は、自殺は本人の自殺念慮に起因し、自ら死を選択するものであり、控訴人にはそれを予見することも、またこれを回避することも全く不可能であるから、一郎の死亡につき、安全配慮義務が成立する余地がないと主張するが、」と会社の主張を要約しながら、

 

 「前記認定の事実によれば、控訴人は一郎の常軌を逸した長時間労働及び同人の健康状態(精神面を含めて)の悪化を知っていたものと認められるのであり、そうである以上、一郎がうつ病等の精神疾患に罹患し、その結果自殺することもありうることは予見することが可能であったというべきであるから、控訴人の右主張は理由がない。」 と判示し、安全配慮義務違反を認めました。  

 

 また、最高裁判所は、「一郎が恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を執らなかったことに過失がある。」 として、会社の安全配慮義務違反を認めました。

 

〇長時間にわたり業務に従事していること

〇健康状態が悪化していること

を認識していた場合には過失を認定したのです。

 

健康状態が悪化していることの認識がなかったとき

 それでは健康状態が悪化していることの認識がなかったときには、安全配慮義務が無かったと言えるのでしょうか。

 この点について、指摘してる高等裁判所判決があります。山田製作所事件(福岡高等裁判所平成19年10月25日)です。

 

 会社は次のように主張しました。

 

 「故Aにあっては、業務が過重で疲弊した状況は見られず、うつ病の兆候など全く見られなかった。これらを認識しうる状況、言動や行動は故Aにおいては見受けられず、控訴人が故Aの死という結果を生じうるような体調の変化や環境の変化もなかった。故Aの死亡について、控訴人が予見することは不可能であり、結果回避義務は存在しない。」

 判決は次のように述べて、この主張を退けました。

 

 「労働者が死亡している事案において、事前に使用者側が当該労働者の具体的な健康状態の悪化を認識することが困難であったとしても、これを予見できなかったとは直ちにいえないのであって、当該労働者の健康状態の悪化を現に認識していたか、あるいは、それを現に認識していなかったとしても就業環境に照らし、労働者の健康状態が悪化するおそれがあることを容易に認識し得たという場合には、結果の予見可能性が認められるものと解するのが相当である。」

 

 「長時間労働の継続などにより疲労や心理的負荷が過度に蓄積すると労働者の心身の健康を損なうことがあることが周知のところであり、うつ病罹患又はこれによる自殺はその一態様である。そうすると使用者は上記のような結果を生む原因となる危険な状態の発生自体を回避する必要があるというべきである。」

 

 判決は、心身の健康を損なう結果となる「長時間労働の継続などにより疲労や心理的負荷が過度に蓄積する」労働実態を認識していれば、精神の障害により自殺に至ることも予想できるのであり、予見可能性、結果回避義務が認められるとしました。つまり安全配慮義務違反があると認められるとしたのです。